飾り幕の研究

布団〆

旧久保田太鼓台布団〆

旧中筋太鼓台布団〆

太鼓台の「重」には、四隅に一対づつ計八枚の龍の刺繍が取り付けられています。
この龍は左右二体がペアになり、同じパターン四組揃いのものです。
現在、布団〆は豪華で豊満化したため、背景の赤い飾り布団(重)がほとんど見えなくなっています。しかし本来布団〆というものはそのなの通り、積み重ねた布団(重)を締めるという語が残存したものです。形質的には、始め紐状であったものが帯状に変わり、それに刺繍が施され、その刺繍が高度に立体化して発達したと考えられています。
布団〆の二龍は立龍の姿態をとっているが、一般に「阿吽の双龍」、「雌雄の双龍」、「昇降の双龍」などと呼称されている。
伝承によると、この双龍、または八龍の意味を巡っては、様々な解釈がなされています。

@阿龍、吽龍説
龍の口形で区別するもの。向かって左側を阿龍、右側を吽龍とする。
神社の狛犬や寺院の仁王像にみられる二元論に立脚している。

A雄龍、雌龍説
左側の龍が玉(如意宝珠)を護持し、右側の龍が剣を保持することを拠所とする。(本草網目」に、「雄の龍は上風に鳴き、雌は下風に鳴く」とある。
左側の龍=下位=雌龍となっており、「本草網目」の記述と一致する点は興味深い。

B昇龍、降り龍説
左右どちらの龍を昇、降とするかの定説はない。縫い師の間では、阿龍を昇龍、吽龍を降龍としている。

C八大龍王説
重に八匹あるので、八大龍王を表現しているとする説。

D降雨神説
龍は、昇天して、農業に必須条件の降雨をもたらすという龍神信仰、龍神雨乞信仰による。
太鼓台の上部を天上界に譬え、天幕は大空、くくりは雲、房は雨、四本柱は天上を支える柱であり、東西南北(宇宙)を表現していると解する説。

現在新居浜の太鼓台の布団〆の龍の姿態は大きく二種類に分類できる。
一方は阿龍(雌龍)の尾が跳ねており(通称投げ尾)龍の体躯は細身の姿態をしている。
他方は阿龍(雌龍)の尾が巻いており(通称巻き尾))龍の体躯は前者に比べて太めになっている。

上幕、高欄幕

旧久保田太鼓台上幕

旧中筋太鼓台高欄幕

太鼓台の資本柱の四面上部には上幕、下部(高欄部)には高欄幕、合計八枚の垂幕が掛かっている。幕は金糸による立体刺繍が縫い施されている。
上幕は、水引幕、高欄幕は下幕とも呼ばれている。
現在、幕は四枚に分断されているが、昭和初期以前は、四本柱をぐるりと巻いた一枚物(長物)であった。
それが取り付け、取り外しが面倒、保管が大変、破損、変形しやすいなどの理由で四枚に切断されていった。
新居浜地方の幕は伝承によると四方神具の四神旗の現れとも、大漁豊漁を祈願する漁業や海洋に関係する意があるといわれている。
現在の幕の刺繍を分類すると、禽獣の幕、御殿の幕、禽獣と御殿の幕、武者絵の幕の四分野に分けられます。

@禽獣の幕
新居浜にある太鼓台は、各々全て何らかの禽獣の幕を有している。
それらの動物たちはほとんど、獰猛な物である。これら獰猛な動物たちが幕の主題とされたのは、通俗的に華美の競い合い、太鼓台同士の勢威の誇示が所以だといわれる。
だが、本来的には動物らが神、若しくは神の化身、守護神、使者、魔除などの性格を具備しているからであろう。
また、これを四神旗にある四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)思想と結びつける説もある。四神は中国陰陽思想によると四方位と四季を司る宇宙原理であるとする。四神の青龍は、東と春、朱雀は南と夏、白虎は西と秋、玄武は北と冬を守る神々である。この四神の青龍→龍、飛龍。朱雀→鷲、鷹。白虎→虎、獅子というように変化したとする説である。
俗説では、上幕、高欄幕の主題に用いられている禽獣は龍、白虎、唐獅子、獏、鷲などだといわれている。
だが太鼓台の上幕、高欄幕の主題に用いられているのは、龍、飛龍、鷲、唐獅子、鷹、鯉、猿、猫、虎の九種類である。これら九種の禽獣の内、鷹、鯉、猿、虎は珍しい。白虎や獏の幕は新居浜の太鼓台には散見できない。
飾幕によく四本足の獣の刺繍がある。それらは一見白虎や獏とみられがちだが全て唐獅子である。
幕にある四本足の動物は全て尾が長く、大きな総毛になっており、体躯の表面は獅子特有の獅子文様があしらわれている。
次に注目される点は、龍(飛龍を含む)の幕が多いことである。
各太鼓台の龍および飛龍は各々大きく、微妙に構図、姿勢、表情が異なっている。
中には「阿と吽の龍」、「飛龍と龍」という風に対峙、脾睨したペアの幕を有する太鼓台も少なくない。
また、「龍と鷲」の二動物を一対の幕に脾睨させている物もある。

A御殿の幕
御殿の幕は大別すると、御殿だけを刺繍したものと禽獣、人物と御殿を組み合わせた物がある。
この二種類がある所以は禽獣の幕と同等、何らかの物語性を持つ一枚の長幕を分断したためである。
幕にある御殿の形式は神社建築、霊廟建築、寺院建築、城郭建築、中国風の宮殿建築などの様々な建築様式を混合している。
霊廟建築の御殿幕は、日光東照宮関係の建物が素材の主流を占めている。
東照宮の陽明門、唐門、輪蔵(幕には輪蔵殿と記してある)、神楽殿、輪王寺大猷院廟の二天門などがそれである。
その中で輪蔵や神楽殿は禽獣を組み合わせているのが特徴的である。
神社関係の御殿幕では、金刀比羅宮の旭社を素材とした重層御殿がよく見られる。
その他、玉垣にに角切縮み三文字紋をあしらったものや、両部鳥居を配したもの、狛犬像を配したものなどが散見される。
城郭建築を題材にした幕は以前、名古屋城や金の鯱を刺繍した幕もあったのだが、現在はみられなくなった。
部分的に屋根の千鳥破風くらいである。
太鼓台が本来、神社神道の祭礼の御輿行列の供奉する山車の一種でありながら、幕には寺院関係の建物の刺繍も少なくない。
幕にある寺院建築を伽藍の種類からみると、五重塔、三重塔、多宝塔、大雄殿、輪蔵(経蔵とも呼ばれる)、重層紋、楼門、二天門、金堂(三仏殿)、鼓楼などがある。
御殿幕の建物の中には、中国風の宮殿建築の一部も取り入れられている。
竜宮門、せん造(煉瓦造の基壇)、石造の高欄、三層や多層の楼、城壁などである。
また、、御殿の額の銘に勧告の李朝の宮殿名を記した幕もある。
「昌徳宮」、「二政殿」がそれである。中には「浄和宮」、「華精門」「安楽殿」「三楽殿」などの意味不明の銘を記した幕も少なくない。
この額の銘、本来は日本、朝鮮、中国の神話、故事、伝説、史話などに由来を持した名を冠していたが、近年はその意味が忘れられ、適当な名がつけられる傾向にある。

B武者絵の幕
現在、武者物、怪奇物の幕は形態の上から単体物と複数(四面若しくは三面)の続き図柄の物に分けられる。
この二種類の内、後者が往古の長幕の図柄、姿態を色濃く残している。
前者の作例では「須佐之男命の大蛇退治」、「渡辺綱と茨木童子」、「楠木正成の桜井の決別」、半蔵公の獅子遊び」、「俵藤太」などがある。
それに対して後者の作例では、「金龍縄張城(韓獗童子))、「半蔵公の獅子遊び」、「神功皇后の三韓征伐」、「清盛の日招き」、「志度海女の玉取り」などがる。
物語性を持つ四枚が続き図柄の幕は現在、珍しくなっている。
だが戦前はそれが主流であった。中でも「志度海女の玉取」や「清盛の日招き」の図柄は、多くの太鼓台の飾り幕に用いられた。その他、往日の幕の図柄に「須佐之男命の大蛇退治」「俵藤太の百足退治」、「三国志演義」、「楠木父子桜井の決別」、「楠木正行出陣」「、「名古屋城鯱を奪う石川五右衛門」などがある。

新居浜図書館発行新居浜太鼓台より